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2才2ヶ月

もうひとつのお別れ

実はこのころあたしは妊娠していた。しかし10日ほど前から痛いというほど痛くなく、でもどこか重たいという、ビミョーな違和感を感じていた。そのときは子宮外妊娠の疑いがあったので、そちらを心配していたが、数日前の診断でその疑いが消えてからはさほど気にしてはいなかった。が、この日は朝から重苦しい腹部の違和感に加えて腰痛もあったので気にはなっていた。それでも通常通り仕事を終えて、帰り際にトイレによるとなぜか出血していた。考えてみれば、この重苦しさと腰痛は生理前のようだった。しかし、現在は妊娠しているのは確実だ。出血はあってはならない。“切迫流産かも”そう察したあたしは、姑にGUYのお迎えを頼んで帰り際に通院していた病院の救急外来を訪れた。

早速診断を受けると、すでに胎嚢(たいのう:赤ちゃんをいれる袋)の周りの膜が出かかってしまっているという。ことはかなり深刻だった。すぐにそのまま入院を言い渡され、家に帰ることもできないまま病室へ案内された。極力動かず横になっているよう言われたが、そうもいかない。まずは、姑に連絡してGUYの夕食と朝食の手はずを説明してお願いし、夫には入院に必要なものを持ってきてもらうように連絡。受診した時間が遅かったこともあって、ようやく夫が到着し、病院の手続きも概ね落ち着いたのは消灯後のことだった。しかし、このころはずせない仕事がいくつかあり、連絡をつけなくてはいけないことが何点もあった。この晩は、こっそりメールを打ったり、関係者に連絡する内容と手段を考えながら夜を明かした。GUYに何の説明もできないまま姿を消したことも気がかりだった。それらのことで頭がいっぱいだった。なぜ、入院したか、もう少し考えるべきだったかもしれない。

出血はなかなか治まらなかった。看護士さんや先生からもとにかく動くな、極力身体も起こすなと注意されていた。しかし、周囲に切迫を経験して出産した友人が何人かいたことから、入院してしまえば大丈夫、というヘンな安心感があった。それよりもこんなに長い時間GUYに会わないのも初めてで、それがとても寂しかった。毎晩夫からGUYの様子を聞かせてもらったが、GUYは泣きもぐずりもせず、けなげなぐらいGUYはいい子にしていて、あたしのことは一言も聞かないらしい。いつもと状況が違うのを察しているようだった。でも3日目の晩、ついにGUYは初めて寝る前にあたしのマクラを叩きながら、“マーマ!マーマ!”と泣き叫んだと聞いた。あたしはたまらず、“GUYに会わせて”と翌日母に頼んで、GUYを保育園から早退させて病院に連れてきてもらった。久しぶりに会ったGUYは、状況が理解できたのかできないのか、母や一緒にお見舞いに来た弟に外に連れて行けと言ったり、あたしを見ても目も合わせず非常にそっけない。少し寂しかったが、何の説明もなく4日も家をあけたのだからしかたがない。GUYも戸惑っているのだろう。30分ほどして、GUYが病室で騒ぎ出したので廊下に出てベンチに座ると、ようやく“ママ!”といって、あたしに駈け寄り抱きついてきた。GUYも家でのいい子モードからいつもの甘えんぼのGUYへの切替がすぐにはできなかったのかもしれない。寂しい思いをさせてごめんね。GUY。

GUYたちが家に帰ったあと、あたしは看護士さんに呼ばれた。入院してからトイレに行って血の塊のようなものが出てきたら流さずに看護士さんを呼ぶように言われていた。これまでも何度か呼ぶことがあったが、どれも大丈夫といわれるだけだった。あたしは、あまりその意味を深く考えなかった。この日はどうやら大丈夫ではなかったらしい。…それがどういう意味か、冷静に考えればわかったはずなのに、あたしはその時点ではわからなかった。診察室で試験管のようなものに入った何か皮のようなものを見せられた。先生は、これを胎嚢だという。明日、残った内容物を除去する処置が必要だという説明をされた。“…えー。”あたしはすぐには反応できなかった。ここまで突きつけられても理解しきれなかった。看護士さんに“他に聞きたいことはない?”といわれ、初めて“じゃあ、もう子どもは…”そこまで声にだして、もうそのあとは涙で何も言えなかった。そうだ。流産してしまったのだ…。

長引くかと思われた入院は、流産という結果になったことでわずか5日で終了することとなった。皮肉なことに、入院中こっそりネットで注文した『お母さんをえらぶ赤ちゃん』という本が、退院後に家に到着した。この本は、赤ちゃん自身が、空からお母さんを選んで生まれてきた、と語ったという不思議な体験談を集めたものだ。そのころGUYや自分や周囲のことに気をとられてあまりお腹の子に注意してあげられなかったこと、また子宮外妊娠の疑いがあり子宮全摘するくらいならと流産を願ったこともあった(場所が悪く子宮全摘出すれば命は助かるといわれた…こわ)ことをあたしは悔やんでいた。今さら赤ちゃんの話を読むのは少々ツライ気もしたが、自分への戒めの意味も込めてその本を読むことにした。それらの多くの話に共通していることは、赤ちゃんは自分のその後の運命をすべて納得した上で母親を選んで生まれてくるということだった。そして時期やシチュエーション(父親とか)が違っても、やはり同じ母親を選ぶ。不幸にも生まれることができなくても、その次に生を受けるまで順番を待っているのだという。肉体は魂の入る家でしかないのだ。小さな子ども自身が語る話なので表現はそれぞれ曖昧だったり詳細だったり稚拙だったりといろいろなのだが、かえってそれは真実味がありあたしの心を打った。だいぶスピリチュアルな話なので思いこみだとか作り話だとか言ってしまえばそれまでだが、今回生まれることができなかったあたしの赤ちゃんも、次に健康な体で生まれることを空の上で待っているのかも知れないと思うと、それだけでとても勇気づけられた。

家ではいつも通りのGUYが迎えてくれる。そして落ち込むヒマもないくらい甘えたり泣いたりぐずったりと手をやかせてくれる。これには実際一番救われた。でも今までよりどこかお兄ちゃんの顔になったような気がするのはあたしの気のせいではないと思う。今回のことは、GUYもあたしも、そして家族全員が成長することができたと思っている。

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